コラム

 WACNET.では広報誌"WACNET NEWS"を毎月発刊しております。
本ページでは、WACNET NEWSで連載しているコラムを紹介します。

見果てぬ夢(WACNETNEWS2021年6月号)

 日本では関ヶ原の戦いの頃、1605年スペイン。ミゲル・デ・セルバンテスの小説「ドン・キホーテ」が発刊された。現実と物語の区別がつかなくなった主人公が、自ら遍歴の騎士となり冒険の旅に出かける。痩せた老馬をロシナンテと呼び、農民サンチョ・パンサを従者に、田舎娘を憧れの貴婦人ドゥルシネ-アとして慕う。旅は冒険につぐ冒険、40基もの風車を巨人と思い込み戦いを挑む。現実と仮想が交錯するストーリー、滑稽なほど純粋で熱血漢である主人公。最後は現実に帰り故郷で一生を終える。1965年にはブロードウェイミュージカル「ラ・マンチャの男」となり、日本でも歌舞伎の松本幸四郎が1200回の公演記録をもつ。私も若き日、名鉄ホールで公演を見、体を熱くした思いがある。コロナ禍の今、私たちは、ドン・キホーテに何を感じえるのか。
「だめだぞ、ドン・キホーテ、人生の息吹を深く吸い込んで、いかに生きるべきかを考えよ」
「己の魂以外、己のものとなすなかれ」「現在の自分を愛さず、将来の自分を愛せ」
「快楽のみを追うな」「常に先に目を向けよ」(セリフより)
「見果てぬ夢を夢見て かなわぬ敵と戦う
 耐え難き悲しみに耐え 勇者も行かぬ場所へ走る
 正し難き不正を正し 清き純潔を遠くから愛する
 君の両腕が疲れても挑み 届かぬ星に届かんとする
 これぞ我が探求 あの星を追い求める
 どれほど絶望的で どんなに遠くても
 正義のために戦う 疑わず 休まず
 地獄さえ厭わぬ 天の大義の下
 私は知っている この栄光に満ちた探求に
 忠実でありさえすれば あの世に旅立つ時も
 我が心は安らかで穏やかなり
 この世界をより良きものとするのは探求なのだ
 一人の男が 蔑まれ 傷だらけでも
 届かぬ星に届かんとするのだ」(歌曲見果てぬ夢より)
 人の一生は短く、しかも早い。一人ひとりが喜劇を演じようが、悲劇を演じようが、季節はめぐる。春の来ない冬はない。今、コロナという逆境があっても、ハンディキャップを背負った逆境であっても、一定のスパンでみれば社会は巡っている。幸不幸も変化する。人が夢に溺れて現実を見ないのも狂気かもしれない。現実のみを追って夢を持たないのも狂気かもしれない。しかし、一番憎むべき狂気とは、あるがままの人生に、ただ折り合いをつけてしまって、あるべき姿のために戦わないことなのではなかろうか。    加藤政実

障がい者アートと共生社会(WACNETNEWS2021年5月号)

 人はひもじく、生きるために働く。そんな時代がまもなく終わろうとしている。経済すなわちお金を一番の価値と捉えた時代は・・・終わる。食べることに窮しなくなった時、人は何に価値を求めるのか? 日本でも戦国時代は、戦いに明け暮れ、土地(領地)の確保に一生懸命になっていた。それを終わらせたのが信長。千利休の茶室、茶道文化は茶器茶道具が戦利品として使われ武将に与えられた。文化が武士階級で広がりをみせた。
 そして現代、人々は、まだ物質的にも精神的にも、過去の時代にいる。お金・お金・欲・欲を貪っている。しかし、格差は拡がるばかり、世界はさらに大きな格差の広がりの中にある。
 私たちは、16年前から障がい者の芸術活動の推進を図っている。10年の歴史をもつ「一枚のはがきアートコンテスト」の作品は全国から毎年1000枚を越し、「トヨハシブリュットアートコンテスト」は昨年基準に達した応募作品で139点。その内海外からの作品も21点含まれる。私たちが今できることは、多くの人々に障がい者アートから、表現の自由や可能性のメッセージを贈ること。人々に今の社会の見えないバリアを取り除くこと。人々にそれに気づいてもらうことにある。
こどもの頃、自由に空想したり、描いたり、演奏したり、束縛もなく、制限もなく表現する楽しさがあった。そして大人になる過程でそれは失われていった。障がい者アートからその気づきを伝えたい。その先には、ごく普通に生きる人たちが、人間性を真に取り戻していく。そして次の時代、文化が社会のキーワードとなり、芸術(アート)が人間として一番の生きる価値になり目的となる。人々の生きる感性が地域に溢れ、ヒトとヒトが認め合い生きる共生社会に一歩近づく。                              加藤政実

東日本大震災から10年(WACNETNEWS2021年4月号)

 東日本大震災から10年。3月11日当時のTVで流れた大津波の脅威がフラッシュバックする。10メートルの防波堤を軽々と越えて、まるでプラモデルのように、家や建物を破壊していく自然のすごさ。嵩上げされ区画整理された大地に、点在する家々、そして今日、黙祷する人々。戻らない町並み・・・。
 しかし、私にとり2011年3月25日は、母の命日(享年92才)でもある。この日訃報を聞き、母の住む佐賀県唐津へ向かった。10数年前、ひとり暮らしをしていた母を、看護師の妹夫妻が案じ、一緒に暮らし始めた。やっと出会え、やすらか顔を見た瞬間、涙がひとすじ流れてきた。
 1945年1月13日午前3時38分、三河湾沖を震源とするマグネチュード6.8の三河地震が発生した。母はその真っ只中にいた。白んだ空は真っ赤に染まり、建物1階部分は潰れ、祖父は下敷きで即死。叔母も即死。父は戦争で出征中。余震は昼夜を問わず続き、外でテントをはり、しばらく暮らしたという。戦争から帰郷した父は、私を含めて3人の子をつくるが、道楽を続け、母は今で言うシングルマザー状態で働き続け生きた。大きなストレスは、身体にダメージを与え、乳がんと膠原病を発症し、私が見ている前で、人差し指が大きくカーブして曲がるのを目撃したこともある。
 日本も、地域社会も今大変な時代に遭遇している。しかし、試練こそ自己成長のチャンスであると信じたい。日本の未来も、東三河の未来も、大きな流れに乗っていれば大丈夫という時代から、ひとりひとりが、自分で何が正しいか、何が間違っているかを、考え行動に移すこと。自分だけでなく、利他のこころを持って「みんなのしあわせ」を願い本音で生きたい。日々人生と格闘しながら一生懸命生きる。これこそひとりひとりに与えられた至宝である。                                       加藤政実

WAC+(WACNETNEWS2021年3月号)

地域の連携が進まない。縦割りの社会を求め続けて75年、行政も、企業も、社会もその弊害に溢れている。GAFA、EU、中国韓国、東南アジア、インド、イスラエル、エストニアなど世界はすでに水平のプラットフォームを中心に社会は動いているが日本は相変わらず垂直なプラットフォームで、縦割り社会が存在する。
このコラムに3度目の登場のFさん、1年7か月のWACとの繋がりを自ら破棄して逃走した。昨年夏以降、彼の古巣である農業に復帰して、WACスタッフへの登用の道を探していた。
条件は、①メンバーのリーダー格になる。②3か月間トラブルなし。③週5日毎日出勤する。
三段階のステップアップを用意し、最終的には愛知県最低賃金をめざした。しかし最初の3ヶ月でアウト。2段階へ進めない。日々の生活と仕事の中で妄想と幻覚が錯綜する。現実からの逃避を探し、コロナ禍の中病院への入院を何度も試みるが、治療にあたりドクターの指示に従わない彼を、ドクターは許さない。諦めた彼は、パスポートを紛失し、他者に利用されアメリカ移民局から追われているという虚言を、障害総合相談や社会福祉協議会、法テラスに持ち込む。地域連携は言葉では、多職種連携と言われているが、事実は、絵に描いた餅で機能しない。その結果、彼は、更に人生の闇へと道を進めることとなる。
私たちは、本人の描く夢に寄り添い、その目的を達成するために、相談支援の軸、リーダーがいて多職種連携でつなぎ、夢の実現をめざす。それを実現するには、一人ひとりが各分野の専門スキルとプロ意識、人に関する洞察、幅広い社会知識、そしてなんと言っても人としての人格形成が合格点に達していることが必要である。 
私たちは、地域連携が進まない現実を踏まえ、いかに一人ひとりの地域課題を解決していくか。約3年間のワンストップ相談のテストを経て、今年3月より、「誰ひとり取り残さない 地域社会をつくりたい!」をスローガンに相談窓口WAC+(プラス)福祉の窓口を強化する。
また、既設のもったいないファクトリーと連携することで、ワンストップ相談支援と居住支援そして最低必要なモノ(生活用品+衣料+食品)の無料配布を始める。困ったことの個人アクセスは、WEBサイト「東三河ミライ新聞」ヒトとヒトとを繋ぐ地域のプラットホームからの出会いを推奨する。地域の困りごとは地域で解決する。個人の自立と行動が今、求められている。                       加藤政実

地球のミライ(WACNETNEWS2021年2月号)

NHKTV「2030未来への分岐点」が9日に放映された。10年後私たちの住む地球が限界点に達する。北極海の氷が溶け、陸地の水位をあげていく。太陽からの反射機能をなくした氷塊は、シベリアの永久凍土を溶かし、封じ込められていたメタンガスを大量流出する。同時に封印された危険なウイルスが蘇生する。
 このままいくと、2030には産業革命から+1,5度に達する地球の平均気温。この臨界点を超えてさらに気温が上昇すると、温暖化を加速させる現象が次ぎ次と連鎖し、灼熱地球へと暴走を始める可能性があると最新研究で明らかにされた。昨年も7月集中豪雨で球磨川の氾濫、台風19号による長野県市千曲川支流の氾濫があった。海外でも、カリフォルニアの山火事、オーストラリアでの大火事、地球温暖化の原因となる石炭火力発電所は、日本でも最大のエネルギー源である。
 陽光は1月の寒さとともに我々に降り注いでいる。しかし新型コロナの感染拡大は止まらない。人々は感染慣れからか生活スタイルを変えようとしない。車から自転車や徒歩に、公共交通機関を利用する。移動を減らし、お休みは家族と過ごす。飽食を求めず、牛肉から菜食へ、自然と対話しながら過ごす生活、カーボン0社会へ。ひとりひとりが今日から行動を変えることで新しい地球との関係が始まる。スウェーデンのグレタ・トゥーンベリ当時16才から始まった環境保護運動は、若者たちに伝播し、EUを変え、今、世界を変えようしている。
加藤政実

ユニコーン&ミライ(WACNETNEWS2021年1月号)

弾けるポップコーンならぬユニコーンが話題を呼ぶ。世界のスタートアップ企業が500社までに、わずか1年で倍増した。現在アメリカ242社、中国119社で全体の7割を占め、日本は4社を含む。ユニコーン企業は企業価値の評価金額が10億ドル(日本円約1040億円)以上のスタートアップを指す。コロナ禍で電子商取引やへルスケア分野の構成比が高まっているが、日本には、チャレンジする人材と成長後期の資金調達のハードルが法律で規制され、なかなか世界に食い込めない。AIもIOTも正しく利用されることで、世界をしあわせにできる。政治と経済がリードした社会から政治と社会がリードする社会へと変わろうとしている。核心は「みんなのしあわせ」。今年こそ、日本の技術力とノウハウが結びつくことで日本は変わると信じたい。
 私たちも、ひとつの仕掛けをスタートさせるWEBサイト「東三河ミライ新聞」ヒトとヒトを繋ぐ地域のプラットフォームで1月21日(木)に創刊する。(詳しくは次号で)とにかく東三河を元気にしたい。人がどんどん孤立していく中で一人ぼっちにしない。誰でも参加できる。情報の受発信の場として育てていきたい。ジャンルは、環境と福祉とまちづくり、そして楽しみの場、働く場の5つ。特に力を入れているのが、次世代の社会をより良くするための起業家育成とセーフティネットの人々を支援するNPOがつくるベーシックインカムである。 加藤政実

「世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカ」(WACNETNEWS2020年12月号)

月々の報酬をほとんど寄付に当て、自らは約10万円で暮らした「世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカ」2012年の国連のリオ会議のスピーチ(裏面掲載)で世界を驚かせたが、2015年大統領を退任後2016年4月日本にも来日した。8日間の行動は、多くの国民に触れ、帰国後日本の印象を彼はこう伝えた。「日本で私がもっとも驚いたのは、テクノロジーの進歩と、人間が行っていた仕事を変わりにこなすロボットの存在です。日本での体験を通じての結論は、近い将来、人類は人間による仕事を今ほど必要としなくなるだろう。人類はそうした事態に備えなくてはならない。」
 彼ほど共生社会を望み、格差のない社会と自由を望んだ人物はいないだろう。ウルグアイ国内での深刻な不況が招いた社会不安の解消のため都市ゲリラに参加。闘争そして13年の獄中生活。その後のあばら家から始まった農耕自給生活。そして下院議員、上院議員を経て大統領に、5年の任期を終え再び上院議員を続ける。現在85才であるが生活スタイルは変えていない。
 彼は若い人が好きだ。東京外国語大学での講演の中で「私たちは、自分で自分の人生を操縦することができるのです。生まれたことが奇跡であることを理解して、自身の存在に方向性をつけることです。そしてより良いものを実現するために意志を持って闘うことです。そのためには、哲学、倫理、政治が必要なのです。」と訴えた。何度もの挫折にくじけず世界を変えることに情熱を燃やしたホセ・ムヒカに今学びたい。    加藤政実

フィンセント・ファン・ゴッホ(WACNETNEWS2020年11月号)

 フィンセント・ファン・ゴッホ(以下ゴッホ)が気になる。彼が生きた時代は日本では江戸から明治維新(1868年)、明治へと続く世の中が大きく展開した時代である。生まれたのはオランダ エヒブラバント州ズンデルト村。画家を志したのが27才(1880年)32才パリに出てくるまでは、職も住む場所も転々としながら、1ヵ所に留まらない生活が続く。それから4年37才で自ら命を断つ。
 1867年大政奉還の年、フランスでパリ万博が開催され日本も初参加する。万博はご存知のように世界各国の産業の見本市。日本は鎖国が長く海外にアピールすべき産業がなく、登場したのが美術工芸品であった。その中で注目を浴びたのが浮世絵である。ゴッホは、華やかなパリに来て、その中で新しい表現を求める彼の目に飛び込んできたのが浮世絵であった。浮世絵に影響を受けながら作風が一挙に開花する。
 しかし、パリの華やかな生活に溶け込めないゴッホと、画商である愛する弟テオの結婚により、寂しさを感じながらも日本のイメージを求めて南下する。アルルでのゴーギャンとの共同生活が始まり、やがて破局を迎える中で起こった耳切り事件。入退院後、徘徊して意味不明なことを口にする彼を見て警察に通報されたり、市民の野次馬根性により「狂気の人」と呼ばれる。その頃の作品に「夜のカフェテラス」「ファン・ゴッホの寝室」がある。
そして、サン=レミ修道院の精神科病院サン=ポール=ド=モゾール療養院へ。石壁の三畳一間で鉄格子が嵌った部屋から生まれた生きる力を感じる風景画「アイリス」、最高傑作「星月夜」。その後、回復したゴッホは3日間のパリを経て、精神科医ポール・ガシェDrのいるオーヴェル=シュル=オワーズへ。食堂ラヴ-亭3階屋根裏部屋(2畳)で生活しながら「カラスのいる麦畑」、左右1mの横長の遺作「木の根と幹」(地面に張る根をクローズアップした浮世絵的な手法。)を制作。(1890年7月27日ピストル自殺。)
仲の良い兄弟として育ったゴッホと弟テオ二人が織りなす人生ドラマ。同じアートという世界にいながらテオの結婚を機に画家と画商として交わらないストレス。パリにあこがれ、砕かれていくストレス。アルル市民からの偏見と誤解による孤独と日本の浮世絵に対する情熱。ゴッホは、ストレスを作品づくりへ最大限のエネルギーに変えながら自らを昇華させた。生きている間は、苦渋と貧困にあえぐ一生であったが、その後作品は、日本を始め世界で評価され続けている。(テオは1891年1月25日オランダユトレヒト精神科病院で死亡)
 ここでの学びは、ストレスはヒトを成長させる。そこにはそのヒトがこの世界でやらなければならない役割がありビジョンがある。また、ヒトを孤立させない。共生社会の原点は、自分ではなく、相手の考え方、相手の気持ちを大切にすることが必要である。時代の転換期は、いつも社会を進化させる。私たち一人ひとりが、謙虚な気持ちで、過去にとらわれず、倫理観をもち、お金以外の価値観を探し、自分らしく生きることで、地域も日本も世界も未来は好転していくことだろう。                     加藤政実

SさんとTさん(WACNETNEWS2020年10月号)

大きな青い空間が広がっている。そんな光景も一瞬の内に様変わりする。大粒な雨が大地を激しく打つ。大いなる宇宙が悲鳴を上げている。もともと人間は宇宙空間と共鳴していた。人が小さな傷でも痛みを感じるように、地球も痛みを感じる。地球上には現在76億人。これだけの人が暮らす地球に対して、私たちは、最大の感性をもって行動すべきではないだろうか。
 10年来の同志であるSさん、4月の豊橋美術博物館でのアール・ブリュット展の展示が最後となった。5月はじめにアグリカフェで会い、将来の計画を語り、定年後は、WACで絵の指導にあたってもらうはずであった。その後、5月14日に倒れ、右脳中程度出血で左半身麻痺になり、6月17日誤嚥性肺炎、18日危篤ICUで心肺停止。人工呼吸器で一命はとりとめたものの大脳死で脳幹制止状態。この間、コロナ禍の為、病院は、今も面会謝絶の状態が続いている。
 また、任意後見契約のTさんも、現在入院中である。こちらも入院後面会謝絶で中の様子がわからない。ある日、黙って病室を訪れてみた。そこで見た光景は、ソーシャル・ディスタンスではなく、ありふれた病室の姿であった。入院中の本人の様子がわかりにくいのは、私たちにとりなにかしっくりしない。
 私たち一人ひとりの行動は、宇宙の原理、一人ひとりの本来持っている小宇宙とは一致していない。コロナ禍の先は、一人ひとりがそれに気づき行動できるかにある。                     加藤政実

今、自然界は非常に厳しい(WACNETNEWS2020年9月号)

昨夜のTVドキュメンタリー「アファンの森よ永遠に」は、CWニコル(令和2年4月3日直腸がんで他界)が生涯をかけて育てた森からのメッセージであった。森の豊かさは多様性、絶滅危惧種の貴重な生き物や植物が息づく美しい場所。1986年に長野県黒姫高原の荒れた里山の一部を購入し、親友の松本信義氏と共に里山再生運動を展開したエコツーリズムの先駆者である。自然とヒトとの共生は、こどもたちが木に登ったり、そこに芽吹く植物を採集したり、フクロウが帰ってきて食物連鎖の頂点に立ち、樹木から差す光は輝きに溢れ、四季を彩る。懐かしい場所でもある。私たちは、共生社会を念頭に置きながらも、自然との共生を意識しないでいた。多様性はヒトがいて自然があり、生活が息づく。
今、自然界は非常に厳しい。気温があと2度上がると、サンゴ礁の99%が死滅する。気温を2度以内に抑えるには温室効果ガス排出量CO2換算/2010年比、2030年までに25%減らすことが必要である。今私たち一人ひとりがしなければならないことは、今までの生活を見直し、生活を変えることにある。それは一人ひとり今の生活様式の50%削減!車をEVに変えても、多くのモノを生み出す今のシステムが変わらなければ排出量は減らない。モノを作るために使うエネルギーもすべて自然界と環境には影響を与えている。
次の時代、評価基準は、環境や福祉に力をつくす国や地域が評価される仕組みを生み出せば、コロナも大雨も気温40°もいずれ退散していくことだろう。 加藤政実

コロナ禍後の世界(WACNETNEWS2020年8月号)

 コロナ禍後の世界。私たちはどこに行くのだろうか。コロナは一向に収束しそうもない。
ヒトか経済か。政府は経済を優先順位の1位に置く。本当に大丈夫なのか。経済って、一人ひとりの暮らしが良くなるようにはたらくのではないのか。ブレーキを掛けない日本。
 私たちは、1945年以後、産業革命からスタートした西洋の資本主義の真っ只中にいた。優等生で一旦は頂点を極めたが、その後の失速の30年がある。現在では、年収400万円以内の世帯は45%あまり、それに引き換え国民の中流意識は93%とギャップは大きい。欧米では年収1,400万円がセーフティネットの人々の所得なのにどうしてだろうか。海外旅行者が増えると喜んでもそこには原因があり、それだけ周りの国々の生活水準が上がり、日本に旅行に来る意味は割安感があることに他ならない。
 しかし、逆転できる可能性がないわけではない。それには、日本人が作り上げた資本主義の入り口鎌倉時代、法然、日蓮、道元が生きた時代に芽生えた。その後、江戸時代、商業資本主義の発達で流通を中心に商人の礎を作りあげた。そして明治維新、西洋からテクノロジーは入れたが、根幹の考え方は日本そのままであった。
 令和2年、私たちは、今までと逆な考え方で生きれば良い。お金よりも生きがい。モノよりも精神性。我慢するよりも自由な発言。記憶力よりも創造力。そして自分本位よりも利他。
今年1月ダボス会議でステークホルダー資本主義が決議された。このニュースを聞いた時、日本の近江商人が浮かんだ。日本で1000年以上続いた企業は7社(金剛組・池坊華道会・西山温泉慶雲館・古まん・善五楼・田中伊雅・佐勘)、200年以上続いた企業は1340社(世界比率65.0%)、100年以上続いた企業は33076社(世界比率41.3%)である。
 世界で発生するコロナも、異常気象も、大雨も、サバクトビバッタも、ブレーキをかけれない資本主義の末梢現象である。企業もヒトも政府もすべては、有限の地球を俯瞰する中で、命を大切にする自然と動物とヒトとが共生する。奢りと慢心をなくし、ヒトとヒトがつながる。日本の資本主義は、小さなコミュニティがつながるネットワークの社会から生まれた。世界はグローバル社会を経て、日本がかつてイメージした社会に戻ろうとしている。まるで1台のホストコンピューターの時代からパーソナルコンピューターがつながることで多くのことができてきたように、未来はシティとシティが繋がることで多くのことが生まれ化学反応を起こす社会。その主役は「ヒト・人間・命」「100年以上続いた日本の中小企業」
 ひとりも、次の社会に遅れないように準備を今から始めよう。キーワードは循環する地域社会。「まちづくり」「家族」「医療・福祉・介護」「エコシステム」「オーガニック」「アート」
 今、砂の減少が問題を起こしている。蒲郡海岸も、江ノ島も、石垣島も、ワイキキも、景観を維持するために、ビーチに大量の砂を入れている。でも砂は有限である。RCの建物をつくるコンクリートには70%の砂が必要だ。アスファルト舗装にも70%の砂が必要だ。砂の採集地であった川にはダムが、海岸には堤防がある。みんな人間が創ったものなのだ。このままで行くといずれかの未来、ビーチで泳ぐことも、RCの建物も、車が走る道路も材料が足らなくなることも考えられる。必要以上の欲は捨て、風にも花にも星にも、生命を感じとれる生活を始めてみよう。加藤政実

Fサン(WACNETNEWS2020年7月号)

 屋根付きの住まい、温かい食事、楽しみに使えるすこしのお金、そして仲間がいれば人は生きていける。そして、ポジティブに考えられる目的(希望)があればさらに人生は輝く。2月号で紹介したFさん今彼にとり最大の岐路にある。彼は言う「俺は障害者ではない。おふくろと約束した。」脱障害者宣言だ!1年前、彼からの依頼で、横浜まで車で迎えに行った記憶が蘇る。彼の目は、故郷に帰る喜びと私と再開した感情でいっぱいであった。太い信頼で結ばれたように感じた。その後、彼の支援、これから生きていく状況を構築するため奔走した。
 彼には悪い癖がある。お金を持たないのに、それ以上の買い物を平気でする。自分の思い込みで動く。段取りをしていても、突然キャンセル。何度も何度もあったことか。そのたびに、公的支援が途絶えたり、借金はかさむ。でも本人は、居に関せず行動する。借金を危うく感じ金銭管理をするが、今度は、それが本人を追い込むことになる。ストレスが重くのしかかる。最近は、日中の仲間とのトラブルも多く、声を荒げた殴り合いもある。これは、彼の中に、仲間を見下す態度があり、それをメンバーは感じ取る。逃げ場を探し、教会や弁護士の門をたたく。言葉だけなのか。実践を伴った本当の支援なのか。疑問が湧く。
 人はいつも謙虚な存在でありたい。私たちは、身近な問題にかまいストレスを感じる。悠久な時と、少し長い目標を持つことで、今あるストレスからは解放される。そして、現在の自分自身をまるごと受け入れることで次のステージ、未来へとつながる。    加藤政実

Imagin to future(WACNETNEWS2020年6月号)

 1971年にジョンレノンが作った「イマジン」ビートルズが好きだったわけではないが、この曲にひかれた。個人的には、ウエディングのヴァージンロードで使った曲でもある。
「想像してごらん天国のない世界を やってごらん簡単なことさ 僕らの足元に地獄はなく 見上げれば空が広がっているだけ 
想像してごらん 今日という日の為に生きている全ての人々を
想像してごらん国や国境のない世界を 難しいことじゃないよ 何かの為に殺したり死ぬこともない 宗教だってないんだ 
想像してごらん 平和に暮らしている全ての人々を
理想を語っていると君は言うかもしれない でも僕一人じゃないはず いつの日か君も仲間になってくれるといいな そして世界は一つになるんだ
想像してごらん 所有できるものがない世界を 貪欲になったり飢える必要もない 人はみんな兄弟で仲間なんだ
想像してごらん 全ての世界を分かち合う全ての人々を
理想を語っていると君は言うかもしれない でも僕一人じゃないはず いつの日か君も仲間になってくれるといいな そして世界は一つになるんだ」
ウイルスは46億年前から地球を生きてきた。土壌のウイルスネットワークは森を創り、動物に憑依したウイルスは、動物たちが絶滅していく中で行き場を失い、居場所を人間に求めた。私たちのミライをどのように描くか。習近平とトランプの対立、競い合うことではなく、地球規模で自然も動物も人もウイルスも共生できる社会。今回のコロナ禍は、家族の大切さ、命の尊さを学ぶ絶好の機会を私たちにメッセージした。Imagin to future  加藤政実

共生社会の実現へ(WACNETNEWS5月号)

平凡であるが今の暮らしが変わらないとみんなが信じていた時代。でもこんなにも身近に新型コロナウイルスが迫って来ようとは誰が予測したであろう。今日4月12日は、豊橋美術博物館でのアールブリュット展の最終日である。7日安倍総理から7都府県に緊急事態宣言が出され、10日には大村知事から緊急事態宣言が発令された。毎年美博では、1200名から1500名の入場者があるが、今年は514名に落ち着く。残念なのは、豊橋発の全国公募「第1回トヨハシブリュット作品展」が2度延期され次回の予定が立たないことである。
 生きる羅針盤が見えない時代がやって来ている。共生社会の実現へ、誰もがこのままでは続かないと思っている。日本では都市集中型社会から地域創生へ、1次産業と6次産業が融合する時代へ、労働者とAIは等価交換され、有り余る労働者をどのように活用していくか。人間として生まれてきた意義をどのように定義し、生きがいとして発展させるか。
最近、1万5000年前に定住が始まった日本の縄文時代に思いを馳せる。環濠の中に、竪穴住居、生まれてから亡くなるまでの生活があった。外をハラと言い、自然と共存し、どんぐり、栗など多くの樹木が森をつくり、山や野原にはイノシシや鹿がいた。多くを貪らず、必要なものを必要なだけいただく。世界でも唯一の狩猟漁労採集文明が日本列島を形成していた。私たちは、その時代に祖先をもつ、それぞれひとりひとりが末裔である。
加藤政実

新型コロナウイルス(WACNETNEWS2020年4月号)

パンデミック!新型コロナウイルスの世界伝播により社会は騒然としている。人と人との欲と欲、国と国との欲と欲、企業間の攻防、メディアも一緒になって煽る。国内では、東日本大震災の映像も流れ、思い出したくない人たちにさらに不安を煽る。実体経済の1.5倍の投資マネーが行き場を失い世界をさまよう。世界の基本通貨ドルは、足らなくなれば、どんどん発行し、アメリカ社会を守り、世界を混乱させる。そして世界の貧困層は増え続ける。さらにそれより高いレベルで日本のセーフティネットの人々は増え続けている。私たちが夢と描いた理想の社会に本当に今近づいているのか。ひとりひとり静かに自問自答したい。
 WACでは政治経済芸術の三権分立を唱えている。私たちと一緒に暮らす障がい者と言われる重度の人々「ひたすら人間的に生きる人たち」。彼らは、今社会で起きているいろいろな騒音に耳を貸さない。熱中できる興味のあるトコロでひたすら生きる。一人ひとりの感性が最高に生かされるのが芸術の世界ダ。私たちは15年前から豊橋・東三河を舞台に、一法人だけでなく多くの法人の参加のもとに、アールブリュット(障がい者アート)の世界を地域の人々に提案している。そのメインイベント「アールブリュットトヨハシ」がまもなく始まる。今年は全国発信の第1回トヨハシブリュットアートコンテストも加わる。
 傷だらけの地球は身体のバランスを取ろうと今必死だ。コロナウイルスだけでなくこれからも未曾有の災害や感染症など過去に例のない事件が起こるであろう。私たちは、今傲慢から謙虚に「ひたすら人間的に生きる人たち」から学ぶべきであろう。  加藤政実

アクシデントは突然やってきた(WACNETNEWS3月号)

 アクシデントは突然やってきた。某日JR金山駅夕方5時過ぎ、コンコースからプラットホームに向かう階段、上段すこし下がった所からいっきのバンデージャンプ転倒である。唇と口内は切れ、上歯は2本が抜け、右手は骨折ギブス、左手と左肘は挫傷。持っていた鞄は7,8メートル飛び、かけていた眼鏡も飛んだ。長く感じた空中遊歩の後グシャという音、一瞬の静寂と騒音、口の中で歯がジャリジャリ。起き上がり、気づいた老婦人がメガネと鞄を近くまで持ってきてくれた。名古屋駅に向かう車内では床にしゃがんでいた。名古屋駅でキヨスクに寄り、ポケットティッシュとマスクを購入。真っ赤になった口元をみておしぼりを大量に貰う感謝。豊橋までの移動中、洗面所で処置、洗面ボールは真っ赤か。自宅ヘはタクシーで戻る。夜半まで出血は止まらなかった。
 原因はどこにあるのか。中川区の訪問先から金山駅まで寒い中20分程歩いたこと。いやいや体力への過信、若い頃から持ち歩くフライトバックが重くバランスを崩した。原因は不明であるが私自身の注意不足であることに間違いない。その結果、両手の指が動かしがたい。ドアが開けれない。パソコンが打てない。文字が書けない。書いてもいびつになる。携帯はスピーカーでの交信でないと使えない。箸が使えない。スプーンとフォークを使う。など不自由さが顕在化した。
 今、ハンデキャップを抱えた人の日常を原体験している。高齢者や障がい者、シングルマザー、生活困窮者、外国人など、私たちは、彼らを我々が勝手に作ったイメージで理解する。しかし実は、彼らの不都合を解決することで、社会は進歩し、医療も福祉も産業も地域もより豊かになるのだろう。 
加藤政実

「みんなのしあわせ」(ALL FOR ALL)(WACNETNEWS2月号)

WAC農園の創世記を一緒に作った一人、Fさんからコールされたのが昨年7月、実はその1年前にも北海道からコールがあり、その時は受入の承諾を下せなかった。今回は、前回の反省もあり、1週間後とりあえず横浜寿町に向かった。横浜では、生活保護を使っていた為、一緒に豊橋市の窓口にでかけ、担当者と横浜市の担当者と電話回線をつなぎ、保護継続の手続きをするが、数日後本人は一人窓口に行きキャンセルする。12月も同様の手続きをするが、今度は本人が生活費をカードローンから引き出したため断念!
日本は行政窓口で生活保護申請が制限される機会が多い。しかも、生活保護を利用できる資格のある人たちの内、約15%しか利用されていない。スウエーデンでは8割、フランスでは9割が使う。もっと多くの人たちが生活保護を使っていいのに使わない。OECDひとり親及び子ども一人以上世帯の貧困率の統計がある。ひとり親家庭の内、母子家庭が90%以上、世界の母子家庭貧困率上位はスロベニア、スロバキア、カナダが占める。日本は唯一母子家庭で働いている人が、働かない人の貧困率を上回る国である。理由は簡単、ダブルワーク、トリプルワークと非正規でつないでいることが原因である。
 また、生活保護の不正受給が問題視されることもあるが、厚生労働省の調査によると、金額で0,5%、件数で2~3%である。日本では「働かざるもの食うべからず」の思想がある。崖の上で生活する我々は、いつ崖から落ち、這い上がれない状況の不安を感じながら生活している。子育ても、医療・介護、福祉もセーフティネットの充実が必要である。ひとりひとりが安心して暮らせる地域社会「みんなのしあわせ」(ALL FOR ALL)の実現にむけて少しでも努力したい。 
  加藤政実

中村哲医師の言葉(WACNETNEWS1月号)

 「誰もがそこへ行かぬから、我々がゆく。誰もしないから、我々がする。」アフガニスタン・パキスタンで、医療活動を中心に、復旧活動を行った中村哲医師の言葉である。「治療の前に水と食料が必要だ」「とにかく井戸を掘れ。お金はなんとかする。」「病気は後で治す。まずは人を生かすことを考えよう。」緑の大地計画はアフガニスタン東部の中心地・ジャララバード北部農村を潤し、2020年その最終段階に入る直前の昨年12月4日に中村医師は凶弾に倒れた。私がNPO活動をするにあたり、影響を受けたひとりである。
もう一つ彼が使ったフレーズに「一隅を照らす」がある。これは天台宗最澄の「山家学生式(さんげがくしょうしき)」の中の言葉で、私たちは、それぞれの心のなかに仏性という仏さまの性質を持っている。一人ひとりに本来具わっている大切な宝物である仏性を引き出し、磨き上げることが大切である。それぞれに一人ひとりの使命を自覚し、自分の仕事や生活に励むことが人間としての基本であり、一人ひとりがそれぞれの持ち場で最善をつくすことで、まず自分自身を照らす。そしてそれが自然に周囲の人々の心を打ち、響いて行くことで他の人々も照らしていく。そしてお互いに良い影響を与え合い、やがて社会全体が明るく照らされていく。
 私たちWACNET.は、令和2年も豊橋・東三河の社会課題・生活課題の中から解決すべきテーマを見つけ、地域にこだわり「一隅を照らす」。少し先の未来を描きながら、アーツ、農業6次、リユース、IT、住まいと想いをカタチにコーディネートしていく。   加藤政実

もったいないファクトリー(WACNETNEWS12月号)

ゴミゼロ運動の発祥地豊橋で昨年12月にスタートした「もったいないを ありがとう!」運動。いよいよ拠点となる店舗が瓦町交差点角に「もったいないファクトリー」として12月21日(土)にオープンします。
 お家で眠っていて今は使っていない衣類、生活用品、生活雑貨、キッズ・ベビー用品、おもちゃなどを無償で引き取り、海外と国内のセーフティーネットの人に無料で差し上げるサービスを提供。海外へは、アジアの国ミャンマーやマレーシアの孤児院で暮らすこどもたちに食事の支援と教育費の支援をしています。また、国内では、生活困窮者(生活保護)の方たちに古着や生活用品を無料で提供しています。
居住空間を清潔に保つことは、ダニの発生を防ぎ、健康な生活を維持するためにも大切なこと。一方、長年生活している住まいは、日常使わないモノ、不用なモノで溢れ大事に保管されているのが実態です。このようなモノたちは、将来のゴミの予備軍となります。環境を汚染し、CO2を発生させ、地球環境を悪化させていきます。
私たちの活動も、少しずつ地域に理解が進み、毎日大小は問わず、持ち込みがあります。12月から持込拠点を3箇所「もったいないファクトリー」「WACNET.本部」「茶亭おふく」に変更し、まとまった品物があれば直接訪問も可能です。また、活動に共鳴いただく企業、団体、個人の方に向けて地域の拠点「もったいないデポ」も募集中です。ホームページも12月よりネット上からのリクエスト、依頼が簡単できるシステムも動きます。  
加藤政実

障がい者アート美術館をつくろう(WACNETNEWS11月号)

豊橋市のシンボル石巻山にある元旅館石山荘の玄関切妻の屋根下に、50センチ大の大きなスズメバチの巣を発見。神郷区N自治会長さんからの依頼により、ゴーストバスターズならずホーネットバスターズを発動。音楽に合わせて危険を顧みず、なんとか除去する。
石山荘は4年前、オーナーである杉浦さんから立っての要望によりWACNET.が譲り受け再生プランを計画し、「石巻の自然森道パークプロジェクト」山上の核施設になる。アール・ブリュット美術館と体験多目的ホール、カフェ、宿泊棟の構成である。
当初、日本財団地域再生プランに応募。現地調査までは順調であったが、行政の支援を得ることができず断念。昨年は農水省農泊推進プランにトライするが、全国選抜に敗れる。今年は、クラウドファンディングと寄付からトヨハシブリュット「障がい者アート美術館をつくろう!」運動として再スタートさせている。
このアートプランは、WACNET.が12年前から始めている障がい者のアーツプログラムの一貫で東三河に山、森、海、街など複数の美術館と作品収納庫をつくり、地元だけでなく、全国から、アジアからも作品を集め、それが今後この豊橋・東三河のインバウンド観光資源となることをめざすものである。
もちろん、障がい者はじめ高齢者、生活困窮者の雇用の創出と障がい者アート作家の育成と報酬確保も同時に図る。10月15日からHPとスマホが連動したクラウドファンディングも始動。従来のアナログ的な寄付型ツールも配布中である。NPOが生み出すソーシャル・ビジネスは、市民が共鳴することで共生社会は生まれる。加藤政実

あなたの人生(WACNETNEWS10月号)

 自分自身の人生の棚卸しをする。これまでの自分はどんな道のりを歩んできたのだろうか。生まれてから今までの足跡・・。考えてみれば、生まれてからこの方、常に一緒にいたのは自分だけ。これまで一番輝いていたのはいつだったろうか。一番うれしかったできごとは?一番落ち込んでいたのはいつだったかな。忘れたいけど忘れられないできごとは?美化しちゃっても構わない。あなたのエッセンスを想いだしてみよう。
 現在の自分を見つめ直してみる。ちょっと立ち止まって、自分はどんな毎日を送っているのだろうか。どんな人とつながり、どんな居場所をもっているのだろうか。どんなこだわりもって、どんなことを楽しみにしているのだろうか?こころの中にどんな引き出しを持っているのだろうか。今つながっている人、それはあなたの財産。自分の中にいくつも引き出しがあれば、それぞれがセーフティネットの役割を果たす。もし、今自分の持っている資源が足りないと思ったら、これから掘り起こしてもまだまだ遅くはない。
 最後は、自分のこれからの未来図を描いてみよう。自分はどんな風に生きていきたいのか。今、思っていることがずっと続くとは限らない。どんどん変えても構わない。大切なのは、いつの瞬間も何かしらの夢や生きたいイメージを持っていること。こんなふうに暮らしたい。こんなことをやってみたい。こんなふうに家族や、友人、地域と関わりたい。
 立ち止まり、振り返り、もう一度トライする。あなたにとり、あなたにしかできない役割がきっと見つかる。ひとりひとりの自分には宇宙と同じ組成と可能性を秘めている。    加藤政実

元気な88才(WACNETNEWS9月号)

残暑の夏、台風10号の影響も去り、蝉の声と夏の日差しが厳しい日、駐車場工事中の豊橋斎場にいる。昨日早朝旅立たれたHさんに寄り添って・・・。2日前に誕生日を迎え、享年88才と2日。市内の地域包括支援センターからの紹介でスタート。白血病の診断を受けてから約1年、発熱と血圧の低下で8月1日に緊急入院。2日には、主治医から①緩和ケアを利用して緩やかに終末を迎える。②骨髄移植手術をし、放射線抗がん剤治療をする。の選択を受ける。Hさんは①を選択された。6日MRI検査により膵臓がんを発見。13日酸素呼吸血圧が下がり肺がん併発し、15リットルの酸素補給。その日緩和ケア病棟へ移動。19日呼吸器をつけっぱなしで大変苦しそうであった。個室に移動。20日7時に死亡確認。
私どもとは身元保証と緊急時の対応、病院への入退院支援、看取りと死後事務委任契約を交わしていました。10年前に伴侶をガンで亡くし、その後一人暮らしの Hさんは、あまりご自分の経歴の話をされない方でしたが、生きることには貪欲で、矛盾がありますが今いる病院から陽子線センターを完備するN病院へ転院や、新薬オブジーボの投与を最後まで希望されていました。短期間でしたが悪い時と良い時の波が激しく、その間で、任意後見や寄付手続を進めようとしましたが、公証人さんの出張でしか手立てがなく事切れました。
 人生100年時代、昔使われていた老衰(自然のまま亡くなる)は無くなり、最後は認知症またはガンを患いながら終末を迎えることを念頭に、一人ひとりは、早めにリビング・ウイルノート(エンディングノート・生きる意思を記したノート)を準備されたい。                            加藤政実

93才大往生(WACNETNEWS8月号)

 4年前、岡崎の包括支援センターからの紹介でスタートしたHさん。享年93才9ヶ月の生涯を7月13日夜半に閉じられました。5月21日緊急入院するまでは、一人暮らしで毎日の散歩も欠かさず、食事も自炊で自立。介護保険は要支援2でした。Hさんは、任意後見は使わず、身元保証と緊急時の対応、病院への入退院支援、看取りと死後事務委任契約を交わしていました。
 最初の一報は、担当ケアマネから、往診医の緊急搬送で病院の救急治療室へ、医師の面談、検査など繰り返し救急病室へ移されたのは到着から7時間後、一般病棟に移されたのは翌日でした。その後本人が治療における検査を拒否したため、治療は打ち切られ、約1ヶ月後には転院。介護保険は要介護3になりました。食事は半膳に、最後は栄養補給剤を・・。状態は日によって一進一退。15回の訪問時、認知を感じる時もありましたが、パンパンになった足をさすったり、感謝の言葉もたくさん頂き、いろいろな話も聞かせていただきました。
 残念だったのは、病院の転院が短期間に続いたこと。実は17日にも次の病院施設に転院する予定でした。そして転院を受入れる病院施設に金銭のみで簡単に断られたこと。これはある面では、地域に私たちの仕事と連携が根付いていない現れかもしれません。また、死亡届の届出人に、親族、後見人以外に身元保証人等が法律的に該当しないため、火葬許可証などに時間がかかること。周りに身寄りがいない一人暮らしが多くなる世では、任意後見は必要不可欠に思われる。最後に銀行からの現金の出し入れも大変でした。Hさんの病名は胃癌。加藤政実

オーガニック(WACNETNEWS7月号)

日本で使われている「オーガニック」は有機農産品及び加工食品をいい、化学物質である農薬、化学肥料を使用する現代農業に対してそれらを排除し環境に配慮したモノ。世界各国には300を超えるオーガニックの認定機関があり、おおむね「3年以上農薬、化学肥料を使用していない農場で栽培され収穫されたもの」と言われている。
 一方、現在世界で使われている「オーガニック」は、少し様子が違う。対極の言葉として地球環境を中心とした考え方の「エコ」「グリーン」。エコカーでありエコタウンでありグリーン・ツーリズムなどで表現される言葉に対して「オーガニック」は、人間という一個人を中心とした考え方をいう。オーガニックの国ニュージーランド。日本と反対の南半球にあるこの国は高速道路や鉄道がない。あくまでもくねくね曲がった道が自然の景観を生かし続く。天然の港湾、町並みが自然の中に生きる。日本が山にトンネルを掘ったり、自然を破壊して利便性を優先させた姿はない。移動は車と飛行機。
「オーガニック」は個人のライフスタイルをいい、個人でできることを始める運動として展開されている。アメリカ西海岸カリフォルニアから東海岸へ、そして金融バブルの、シティがあるロンドンへ、そこは実体経済から逸脱した資本主義や大量生産・大量消費のライフスタイルが支配した20世紀から、人間らしい生活を取り戻そうとする人々の姿であった。
日本でも、有機農業という狭い捉え方ではなく、持続可能な社会をめざす一人ひとりの行動として多くの人々に期待したい。WACNET.はこれからもその発信元として行動したい。
加藤政実

雨の季節小椋桂(WACNETMNEWS6月号)

雨の季節を迎える。最近は気候変動で季節が行ったり来たりする傾向はあるが、この6月は好きな月の一つでもある。半世紀前、数ある日本のシンガーソングライターの中で一番惹かれたのが小椋佳。彼の曲の中に「六月の雨」がある。
六月の雨には 六月の花咲く 花の姿は変わるけれど 変わらぬ心を誓いながら いくつ春を数えても いくつ秋を数えても 二人でいたい
そよ風は見えない 幸せも見えない 愛の姿も見えないけれど 見えない何かを信じながら いくつ春を数えても いくつ秋を数えても 二人でいたい
5年前古希を迎えた彼は、小椋佳生前葬コンサートをNHKホールで開催した。全2000作品の中から毎日25曲4日間で計100曲を歌い上げた。「僕は白洲次郎同様「葬式無用 戒名不用」と考えていますが、家内は常識人なので、僕が死んだら きっと人並みの通夜や告別式をやるつもりでしょう。僕としてはそんな煩わしいことを家族に押し付けるのは本意ではないので、僕が生きているうちに済ませてしまおうと思いました。」(小椋)彼の曲は、デビューからしばらくレコードのみでしか聞けず、そういえば最初のステージがNHKホールであったことを思い出した。そして私自身がTVを見入った記憶も同時に蘇る。
人はいつか旅立つ。人生のいろいろな場面を紡ぎながら演じながらいつか天空へ逝く。しかし人生のけじめもつけずに旅立つ人たちのなんと多いことか。年老いた人や生活に困った人たちも、最後は、安心して幸せに旅立てるそんな社会を描き創りたい。至福の命である。                        加藤政実

WACNET. vison to2030(WACNETNEWS5月号)

WACNET. vison to2030
愛は国境を越えていく
地域のしあわせ!世界のしあわせ! from加藤政実
未来がどうかわるか。誰もわからない。今ある現実を踏まえて明日があると信じる。多くの市民が明るい社会を描けば必ず未来は明るい社会となる。
日本は74年前(1945年)、モノとおカネの価値を一番とした社会へと舵を切る。もう少し遡れば150年前(明治維新)私たちの先達たちは文明開化として西洋に追いつく道を選択する。モノを中心にしたモノづくり大量生産大量販売の経済システムは、一度は成功したかと思えたが、実は日本の精神性、習慣、倫理観、家族制度などそれまでの地域社会、家族関係を崩壊させた。今、私たちは呆然と崩れ去った社会を俯瞰する。超高齢化少子化社会、人口減、児童虐待、シングルマザー、孤独死、介護放棄、老老介護、認知症、精神障がい25%、発達障がい急増、農薬、薬物依存、一人暮らし世帯35%などなど。
WACNET.グループは、対処法としての地域社会での地域課題、生活課題に向き合いその解決のため20年間活動をしてきた。世も平成から令和へ、新しい息吹を感じながら、次の時代へ向かう。生活圏コミュニティの形成と地域創生(地域社会の機能復活)。一人一人が孤立しない生活圏コミュニティ、医療福祉と産業が程よい関係を保つ。一人一人が精神性を保つには程よいスケール感と目に見える距離感が必要であり、その先に生活圏コミュニティと生活圏コミュニティが集まることで地域圏域が作られ、目に見える範囲で地域経済も動いていく「持続可能循環型地域社会(SROC)」。次の時代、私たちはグローバル化する世界(グローカル)と人間が人間らしく生活する生活圏コミュニティを同時に手にすることで、快適な人生を歩むことができる。その大きなチャレンジが今始まる。日本の豊橋市向山・旭地区から・・・
今地域にある問題・課題は、資本主義の終末現象あり、今絶頂期にある中国を含め、今後アジア各国においても必ず起こる現実でもある。今あるこの痛みは、この壁を乗り越えることで、そこにノウハウとシステムが生まれ、多くの国で将来起こるであろう出来事に向けて日本人としての役割が生まれる。絶望的と考えるよりポジティブに、今こそ地域の課題、日本の課題に向き合うことでマーケットは生れ、解決することで市場は拡大していく。これから活躍を期待される人にとり未来は非常に明るい。時代は創るもので与えられるものではない。
WACNET.Visonは、生活圏コミュニティを小さくつくり、お互いがたすけあいシェアし人間らしさを優先する世界を描く。そこには高齢者、障がい者、生活困窮者、シングルマザー、外国人など差別はなく、共に生活したすけあい暮らす。そして目に見える産業がそこにある。ディーセント・ワークがありNPO 発のベーシックインカムがある。そして、その地域にあった形で地域を活性化し、個性あるまちを誕生させ、人々の暮らしを豊かにする。その先には、世界のまちを活性化させ、人々の充実した生活を実現させる。「愛は国境を越えていく地域のしあわせ!世界のしあわせ!みんなのしあわせ!」
                                              加藤政実

アールブリュット豊橋(WACNETNEWS4月号)

8年目を迎える「アール・ブリュット豊橋」今年も主会場の豊橋美術博物館の1週間の特別展示をスタートに約1ヶ月豊橋市新城市内で開催します。障がいを抱えた方たちの地域での自立を支援する活動の中で、彼らの潜在能力を活かせ、さらに豊橋が元気になる方法をいろいろ考えていく中でこの展覧会は生まれました。
アール・ブリュットとは、既存の美術や文化潮流とは無縁の文脈によって制作された芸術作品の意味で、英語ではアウトサイダー・アートと呼ばれます。加工されていない生(き)の芸術、伝統や流行、教育などに左右されず自身の内側から湧きあがる衝動のままに表現した芸術で フランスの画家ジャン・デュビュッフェによって考案されました。
私どもの法人でも、生活介護事業の中で、ドローイングだけでなくクラフトや織物、そして音楽パフォーマンスまで活動に取り入れています。今年も多くの作品が全国から豊橋にやってきます。4月9日から14日の特別展示期間が最適ですが、それ以外でも私どものWACアグリカフェ、みんなの居笑、新城のくらサポカフェに一部を展示します。素晴らしい彼ら彼女たちのパフォーマンスを是非堪能ください。また、4年前から石巻山にアール・ブリュット美術館をつくる運動や東三河の海やまちに同美術館をつくり、街を元気にしていく活動を継続的に続けています。興味のある方はお尋ねください。ボランティア、プロボノ大歓迎です。                                                           加藤政実

SDGs(WACNETNEWS3月号)

2015年9月25日国連総会で「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択。その中核が2030年を達成目標とする17のゴール(目標)と169のターゲットからなるSDGsです。※SDGs(Sustainable Development Goals)
私たちWACNET.グループは、今年SDGs17の中から特に1.2,3,4及び8の社会課題の解決のためにNPOとしてゴールをめざすことを決めました。①あらゆる場所で、あらゆる形態の貧困を終わらせる。②飢餓を終わらせ、食料安全保障と栄養改善を達成するとともに、持続可能な農業を推進する。③あらゆる年齢のすべての人の健康的な生活を保障し、福祉を促進する。④すべての人にインクルーシブかつ公平で質の高い教育を保障し、生涯学習の機会を促進する。⑧すべての人のための持続的、インクルーシブかつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用とディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する。
 この豊橋から小さな地域モデルをつくり、高齢者も障がい者もシングルマザーも外国人もともに働き、住まい、シェアする街をつくっていく。ひとりひとりが孤立しないように世代間を越え、こどももおとなも楽しくコミュニケーションでき暮らせる街をめざす。12年間培った農薬を使わない農業の実践と新しく始めた「もったいない」ありがとう運動、そして自由な感性で描く「ARTBRUT」の世界。WACNET.は2030年をめざします。

居住支援法人(WACNETNEWS2月号)

みなさん「居住支援法人」てご存知ですか?
国が2017年10月に「民間賃貸住宅や空き家を活用した新たな住宅セーフティネット制度」を施行。日本では、住まいが決まらないと公的なサービスを利用することができません。賃貸住宅に住みたいと思った時、一つのハードルが身元保証、高齢で一人暮らしの方、透析治療が必要な方で、病院の近くにアパート借りようとした時、また、障がいを抱えた方やシングルマザーなど。また、高齢者の方や障がい者の方が病院に入院したり、施設に入ろうとした場合も含まれます。
この制度は、国交省が主管し、高齢者や低所得者、子育て世帯等の住宅確保要配慮者に対し、入居を拒まないように、また、国内の空き家を減らすように、不動産業者、国、県、市町福祉住宅課等が情報の共有・連携を図って進める事業で、その中心に位置するのが「居住支援法人」です。昨年、7月一次認可を受け、「たすけあい居住支援センター」として、困った時の住宅相談や身元保障・生活支援・見守りなどを行っています。毎月第2第4火曜日は、「住まいの相談会」を開催、3月1日には、カリオンビルで「居住支援フォーラム」の開催を予定しています。
地縁血縁が気薄になっている今、誰でも参加できる地域コミュニティの復活と、困っている人々でも安心して住み続けられる環境を市民みんなで創っていきましょう。

創立20年初心に帰る(WACNETNEWS1月号)

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
NPO活動の創始者たち、70代80代のおばあちゃま、おじいちゃま諸氏から加藤さん20年経ったら景色が変わるから、行政も市民も振り向くよ!励まされて今、やっと2019年1月5日で20周年。早いなという感覚といろいろごちゃごちゃとやってきてしまったという反省と入り交じる。これから20年先の風景を想像しながら毎日を楽しんで生きる。
 今、「高齢者も障がい者もともに地域でシェアして働き生きる共生型モデル」を小さく創ることを目標に取り組んでいる。向山地区と旭町地区に誰でもいつでも出会える居場所「みんなの居笑」を中心に、高齢者や障がい者や外国人、学生などが賑やかに過ごせる長屋のような住まいを創り、新しい仕事にチャレンジする起業家や障がい者や元気な高齢者が働く場も創る。一人暮らし世帯が35%の日本であるが、地域が暮らしがつながるマチを描いてみたい。
その先に、1945年以来の働き方に対して、人間本来の生き方が反映するマチがあり、この活動が東三河のまちづくりの原点になり日本を変えていく。オーバーかもしれないが、70年の時間の経過を次の10年に、新しくつながる世界への入り口。ポスト資本主義。どきどきするステージが変わる世界を体験できるなんて喜び。そして20年後。WACNET.イズムが人々とともに歓喜の渦にあることを信じて・・・              

もったいないファクトリー(WACNETNEWS12月号)

日本には昔から「もったいない」というものを大切にする感覚があります。毎日の食事をいただくのも自然の恵みに感謝し、大切にいただく。食べ物を残さない貪らない。道具を大切に使う。文房具からバック、衣料、日用品まで長く使う習慣がありました。ここ何十年は飽食の時代が続いています。使っては捨てる時代はゴミで溢れています。それを処理するのにも多くの時間とエネルギーとお金がかかります。
また、処理されないゴミは海洋を汚し、北太平洋には日本列島の10倍の巨大なごみ渦が生まれています。海に溶け出したマイクロプラスチックは、プランクトンとともにクジラやマグロ、など海洋生物の体内に、そしてその食物連鎖の行く先は、人にこどもに引き継がれます。消化不能のペットボトルのキャップなどプラスチックが胃に溜まった海鳥やウミガメの餓死体が今世界各地で発見されています。
今年、私たちは、ミャンマーのこどもたちの孤児院をつくる活動を続ける(一社)もったいないボランティアプロジェクトと出会い。彼らの活動に強く共鳴し、WACNET.グループとして発展途上国のこどもたちを支援する活動を始める決意をしました。「もったいない」の理念とともに福祉の世界への門戸を開き、日本のこどもたちの未来も創って行きたい。  

WACとの出会い (WACNETNEWS11月号)

1995年ある住宅設備メーカーから講演依頼をうけ、静岡県沼津市を訪れていました。大きな体育館を会場に、住まい系の色々なブースの中で、ひときわ目立つブースがありました。大きなゴーグルを付け、足首に重りを付け、重いライフジャケットを着込み、杖をついて歩いている人たちの集団でした。当時この「高齢者疑似体験」を運営していたのがWAC(社団法人長寿社会文化協会)でした。当時は面白いことをやっているなという印象でその後、福祉住環境コーディネーター資格の普及活動に関係することになり、少しずつ福祉の道に近づいていました。 2000年を前に、WACのことが気になり調べてみると県内には、岡崎の歯医者の永坂さん、名古屋栄で看護師の松田さん、緑区の渡部さん、大府の川上さん、知多の松下さんと今の愛知県のNPOとして地域づくり、たすけあい活動や介護保険を担っているそうそうたる人たちが、そこにすでに存在していました。そして、2000年1月、東三河にWACの拠点をスタートしたのです。最初は、人材育成として、ホームヘルパー養成講座を運営し約4000人を育成。今では当たり前の総合事業の中心、時間預託のたすけあい活動を開始しました。現在のミッションは、2021年までにまちづくり「高齢者も障がい者もともに地域で働き生きる共生型モデル」を創ることです。          
加藤政実

保育 (WACNETNEWS 10月号)

往年の名画木下恵介監督高峰秀子主演「二十四の瞳」にあやかれば「28のひとみ」今年3月に瓦町交差点角に「おひさまこども保育園」を開設しました。安倍総理肝いりの内閣府が、働く女性を応援する保育園として0才から3才までのこどもを対象に、親と子の強い絆と限りない愛が必要な時期を担う保育園です。現在14名のこどもたちが元気に毎日を過ごしています。
地域を元気にするためには、今働く人を増やすことも大切ですが、未来の担い手をしっかり育てることも大切なことになります。この時期のこどもを家族が支えた時代はもう終わっています。父親が育休を取りやすい環境でもありません。シングルマザーを始め高齢者など一人ぐらしの世帯が全体の35%を占めています。東三河には、この国の制度を使った保育園は全部で3箇所(企業内2,NPO1)。しかし国内では約5000箇所の新しい保育園が生まれています。3才から現在の幼稚園、保育園へうまく橋渡しができる素敵な保育園がこの地域にもたくさん生まれることに期待します。
地域の問題課題を解決して、しあわせな地域社会をつくるために生まれたNPOとしては、昨年4月から始めている働くお母さんに変わり定時の夕食を提供する「こども食堂」や放課後の学童保育の8時までの時間延長など新たな取組を通して、大石先生とこどもたちのように、未来の豊橋を描いています。             加藤政実

有機農業 (WACNETNEWS 9月号)

2007年3月豊橋で第35回日本有機農業研究会全国大会が開催された。テーマは「自然の叡智に学んで農と食から循環の暮らしへ」2日間参加した後、障がい者の就労に有機農業を取り入れることを決めました。当時、豊橋有機農業の会主宰の松沢さんや平尾さんなどメンバーの方や当時県職員を退職されたばかりの石巻の加藤さんなどの協力を得ながら10月WAC農園を牛川町沖野でスタート。1年半は自らも汗をながしながら1からメンバーやスタッフと一緒につくりあげていきました。今は、WACアグリカフェのエントランスになっている場所は、以前は苗作りの拠点で野菜のポット苗が一面に広がり壮観でした。夏の夕方水やりに励んだ日々が思い出されます。東大清水のハウスは、当時骨だけを残した樹木がノッキノキの荒れ放題の荒野でした。メンバーと一緒に約2ヶ月をかけて西部開拓史ならぬWAC開拓記をノートに綴った記憶もあります。今は3.6haの耕作地といえば順調にみえますが、実は今大きなターニングポイントに来ています。
今リーダーとなり得るスタッフを探しているところです。組織はいつもそうかもしれませんが、人が増えることにより当初のエネルギーというか。ミッションを持ち同じ目的に向かっていた人たちが、組織の中でサラリーマン化するというか。平均化していくものなのかもしれませんが、今がWAC農園にとりWACNET.にとり正念場。私たちは、地域社会をしあわせに活性化するため、地域の社会課題・生活課題を解決するために生まれたNPOであることを忘れないでいたい。

加藤政実

第9回目を迎えるとよはし音楽祭(WACNETNEWS8月号)

昼間はカラッと冬晴れの寒い日、夕方音楽祭も終了し、片付け最後の点検をして、帰り支度ホールから駐車場へ向かい歩いていました。一人佇むEさんを見つけ声をかけ、「どこか体でも悪いですか。」石川県から参加のEさん「今日は本当にありがとうございました。」「今日音楽祭に出演できたこと。ここまで来れたこと。ほんとうにうれしのです。ここから離れたくない気持ちでいっぱいなのです。」その後、いっしょにその場でしばらく過ごし、豊橋駅まで送り別れました。手探りでスタートした「とよはし音楽祭」ですが、来年もやろうと決めた瞬間でした。 こころの病を抱えた方が社会復帰のきっかけになればと始めた「とよはし音楽祭」、全国から新しい作品(作詞作曲演奏)で応募し、応募者の中から選ばれた10~12作品の方が、年に一度豊橋市に集まり披露するイベントです。今年も8月1日から公募期間が始まっています。 今年で9回を迎えるこの音楽祭、未だかつて豊橋市民文化会館大ホールを満員御礼にしたことはありません。今年こそ、市民の皆さんの協力を得て、満員御礼にしたいものです。ハンデキャップを抱えた人たちが、社会へ一生懸命出てこようとしています。私たち豊橋市民も、温かい心で、もてなして行こうではありませんか。私たちのめざす社会は、共生社会。おじいちゃんも、おばあちゃんも、こどもたちも、若者も、ひとりぼっちにならず、誰もが安心して生活できる場所。ひとりひとりが周りに関心を持ち、自らコミュニケートし、日本一楽しい街を作って行きましょう。今とよはしの市民力が試されています。加藤政実

旧生活家庭館への応募 (WACNET NEWS 7月号)

 3月31日付中日新聞に「豊橋・旧生活家庭館 きょう閉館」の記事。市は以前は解体方針を示していたが、現在は閉館後の建物三棟を活用する民間事業者募集中で4月27日までに応募を受け付け、審査を実施後、早ければ6月に民間事業者を選ぶという内容でした。WACNET.でも検討し、早速応募することに決定。タイトルは「アートポイント高師の森」アートを体感し、学び、交流する場所。―本館1階 アール・ブリュット常設ミュージアム「森のミュージアム高師の森」、地域の高齢者子育てママこども食堂「みんなの居笑高師の森」、「カフェ高師の森」、2階「アートアトリエ」(工房)他別棟紙面上未記載
モノづくりをシステム的に動かすための社会は、ひとりひとりを、金太郎飴のように同じようにすることで、効率を高め、それで利益を上げることを考えます。その結果、知識はあるが、人と人とのコミュニケーションが苦手であったり、指示したことしかできなかたり、ストレスに非常に弱い人たちが多くなりました。
今、私たちの社会は、パラダイム・シフトが起こり、AI,IOT,RPAとロボットの時代が近づいています。ロボットのようになってしまった人とロボットを、リードしていくリーダー、地域社会をコーディネートしていく人財、それには、対応力、発想力を備えたクリエーターの出現が必要となります。
WACNET.の今まで培ってきた「アート」を基本に、「アートポイント高師の森」は、ひとりひとりが歯車でなく考える力を磨く。おとなからこども、障がい者でも、認知症でも、外国人でも、誰でも参加できる。アトリエ(工房)は、教室であると同時に利用時間制限がなく、指導講師が外国人であったり、日本人であっても、通訳がついて一緒に語学も学べるなど。
コンセプトは、①アートは芸術 芸術をアートとして捉え市民が自由の創作活動できる場所であり、日本人・外国人が多世代で交流できる場所をめざす。 ②アート✕コミュニケーション 芸術活動を教える手段として言語を日本語の他に多言語で指導する体制をめざし、教えたり教えられたり立場が変わることで新たな気づきを発見できる場所 ③アート✕地域ネットワーク 高師校区のみの連携でなく、豊橋南部地区一体との連携、また、駅前中心市街地との連携により起点としての機能をめざす。④高師緑地で体を使い運動に興じ、自由な発想のもと、脳トレーニング。そして自然の治癒力、ゆったりとした時間の流れにココロを託す。
計画は10年間の事業収支 利益約60,000(千円)を計上。内20,000(千円)初期リフォーム費用。10年後解体費40,000(千円)※解体しなければ利益40,000(千円)5月23日結果通知書が届き落選。応募者2団体とも最低基準点(50点)満たさなかったため落選(理由)
加藤 政実

ご挨拶 (WACNET NEWS 6月号)

 いつもご愛読ありがとうございます。今回から新しくコラム欄を設けました。私たちWACの活動を少しでも身近に感じていただければと思います。WACは今年で活動を続けて19年と6ヶ月になります。2000年1月介護保険ができた年、東京のWAC(社団法人長寿社会文化協会)の一番ヶ瀬康子先生をお尋ねしたのがきっかけです。この地域では田原市福祉専門学校を作った人としても知られています。WACが何をやっているのかわからない?と言われる方、PR不足で失礼します。WACは豊橋市向山で生まれた小さな小さなNPOからスタートし、常に考えてきたのは、地域の社会課題、地域課題を解決すること。地域のたすけあい活動、高齢者の支援から、ある時筋ジストロフィーのSさんとの出会いから約1年後、障がい者支援へと進みました。製造業の破綻の時は、多くの派遣労働者の方の帰宅支援を、また、高齢者や障がい者のアパート入居への身元保証、一人暮らしの方の成年後見など、最近では、引きこもりや、高齢者の生活困窮者の方への支援も積極的に行ってきています。私たちの目的は「みんなのしあわせ」私たちと一緒に働く仲間でありその家族そして私たちが生活する地域のしあわせづくりを市民の手で作って行こうとしています。介護保険の要支援がなくなったのをきっかけに、昨年4月から向山大池町に地域の居場所「みんなの居笑」を開設。地域のお年寄りからこどもたちまでみんなが学び、交流する場所を作りました。まだ一度も訪れたことのない方是非寄ってみてください。もちろんボランティア参加も大歓迎します。これからもっともっと地域のことを市民が考え育て理想的なまちをみんなで一緒に考え行動していきましょう。 WACNET.代表加藤政実